2月にキッチン担当のゆーこについて書いた記事「声を高く変える手術(甲状軟骨形成術IV型)を受けて」から、およそ半年が経ちました。
今回は執刀された京都耳鼻咽喉音聲手術医院の東家完先生にお伺いいたしました。男性の声、女性の声とは一体何なのか、そして声を高くする手術とはどんな手術なのでしょうか。
(インタビュアー:西原さつき、NAO、インタビュー:2022年3月25日)
ーー本日はよろしくお願いいたします。今回ゆーこが受けた手術とはどのようなものなのでしょうか?
ゆーこさんが受けたのは甲状軟骨形成術IV型という、声の高さを変える手術です。型がいくつかありますが、声を高くしたい場合はIV型になります。
「甲状軟骨形成術IV型のしくみ」
・画面の一番下の筋肉が収縮し、喉仏の骨が前倒れ込む。
・そうすると、喉仏の中の声帯が伸びる。
・そして声が高くなる。
手術により、筋肉が常に収縮した時と同じ状態にします。 pic.twitter.com/hHXiEe4hPf
— 京都耳鼻咽喉音聲手術医院 Kyoto ENT Surgicenter (@tv83VO2mp6Mo8VF) January 31, 2022
手術の原理はこちらツイートをご覧ください。手術で画面一番下の筋肉がついている軟骨(輪状軟骨)を、糸で固定して引っ張った状態にします。そうすると声帯は伸びて緊張し、声が高くなります。
海外では声帯に直接さわって声を高くする手術もありますが、中には声帯を傷つけてしまい予後が良くないケースがあります。その点、こちらの手術では後で戻すこともできます。(編集部注:戸籍が女性の場合さらに保険適応になる可能性があるそうです)
ーーどのような方が受けらるのでしょうか?
本当に様々です。MtFの方、声が低い女性、声の通り難さで悩む男性まで、幅広く受けられています。声が低いことで悩まれているケースはたくさんあります。
ーー声を高くするということなのですが、女性らしい声または、男性らしい声というものは、どのようなものでしょうか?
(医学的には)定義はないんです。なので、私の個人的な意見になってしまうのですが、倍音と雑音のバランスが男声・女声と判別するバランスになっているのではないかと考えております。
男性らしい声は「低い倍音」が多く含まれています。女性らしい声にはこの部分があまり含まれていません。男声は低くこもっており、女声はすっきりとした通る声をしています。
喉は管弦楽の楽器のようなものなので、大きければ声は低くなります。また、男女で喉の開き具合が違います。もごもごしゃべっていると低くなってしまいます。よく「喉を開く」とボイストレーナーの方が言いますよね。喉仏が高い位置になれば声は高くなりますし通りやすくなります。声については様々なご希望がありますが、性差の前に通りやすい声というのが大事だと思っています。
声の高さについても定義があるわけではないのですが、男性であれば100-150ヘルツ程度、女性らしい声を望む場合は200~250ヘルツ程度になるように手術しています。これは時間が経つと多少下がってしまうので、それを考慮して手術ではより高めに設定をすることが多いです。
ーーなるほど、乙女塾で考えていた理論と近いものを感じて嬉しいです。ちなみに、こんな声になりたいとか、望まれる声の傾向はあるのでしょうか?例えば、女性声優さんなどのキレイな声を希望されるとか。乙女塾では300ヘルツぐらいも人気があります。
一番は男声であるという悩みが一番大きいです。次に手術の際に傷が気になるという方が多いようです。
高さに関してはちょっと高め希望の方のが多いです。270、280ヘルツぐらいまで極端に上げて欲しいという傾向があります。
手術中は、患者さんがご自身の声を聴きながら希望する高さを選ぶことができます。しかし10ヘルツ刻みとか細かい調整は人によってはできず一気に210ヘルツ→280ヘルツといった上がり方をするので注意が必要です。270ヘルツを希望してもいきなり300ヘルツになってしまったりすることもあります。
ーーこの手術を魔法みたいに感じられている方も多くて、受けるとすぐに女の子の声を獲得できるのでしょうか?
そんなことはありません。よく「私たちは楽器を用意するだけです」とお伝えしています。楽器は練習しなければ演奏できるようにはなりません。声も同じで、使いこなせるようになるにはトレーニングが必要です。なので、理想の声に近づけるには手術半分、練習半分ということを伝えさせていただいております。そのような中で、乙女塾のような場があるのはとても大切なことだと思っています。
術後は沈黙状態を1週間おこなった後に、自己でボイストレーニングをしてもらいます。声の出し方に慣れてもらう必要があるのです。声帯が張った状態なので、最初は声が出しにくく、抑揚のない感じになります。そこから身体に馴染むまで、早い方で1か月程度、平均すると数ヶ月から半年かかります。
ーーゆーこは毎日電話したり、さつきの渡したレッスンで使うプリントの朗読を実践しているそうです。
術後のトレーニングはとても大事です。ただ、ゆーこさんの場合(術後1ヶ月)、無理に声を出そうとしてややガラガラとした声になってしまっていました。しばらくの間は声が出しにくかったり、抑揚がなくてロボットのような声になってしまいがちですが、それで結構です。がらつかないように意識してください。
ちなみにですが、全般的にはおしゃべりな方が結果が良い傾向にあります。あまり声を出すのが好きじゃない方はあまり練習されず、術後なかなか上手に喋れない印象があります。
ーー女らしい声のトレーニングとして、1つがファルセットがあります。生徒さんからもよく聞かれるのですがファルセットとはなんでしょうか?
声帯が「笛」のようになっている状態です。声帯が振動はしているのですが、声帯間の隙間が広くなり、発声時の空気の抜けが多くなっています。
手術の調節の際、あえてファルセットのようにすることもあります。なので手術直後は声が出しにくいのですが、だんだん声帯間の隙間が締まってきて空気の抜けが減るので、声が出しやすくなってきます。
ーーもう1つよくインターネットで聞く言葉のひとつに「ミックスボイス」があります。裏声と地声をつなげることが大事ということだと思うのですが、こちらについてはいかがですか?
ミックスボイスについては医学的には定義がないんですよね。一般的にはファルセットと地声の境界という認識だと思いますが、発声様式を具体的に説明することはできません。
ただ、ファルセット領域の高いところから地声の低いところまでをつなげて発声するトレーニングはとても良いと思っています。特に術後は地声の音域が狭くなりますので、このミックスボイス領域をうまく出すことで、表現が豊かになります。裏声と地声の間でぶつ、ぶつときれてしまわないように気をつけてください。
ーーありがとうございました。
声で悩まれたらいつでもご相談くださいませ。
2005年に熊本大学を卒業。同大学にて音声学の基礎を学び、声帯の動きを制御する神経学分野で博士号を取得。その後、音声学のメッカである米国ウィスコンシン大学に留学し、声帯粘膜の再生に関わる研究に従事。帰国後、同大学助教を経て、2017年に医療法人顕夢会ひろしば耳鼻咽喉科(現・京都耳鼻咽喉音聲手術医院)に入職。音声外科部門長として、国内外問わず、声の悩みにとことん付き合う医療を展開中。