今、国内のSRSはどこまで進んでいるのか?百澤明医師に聞く

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    Akira Momosawa, Maimai, NAO

2000年代初頭、トランスジェンダーの治療の情報は少なかった。しかし、症例写真を見ることには事欠かなかった。多くの医師が治療の症例としてbefore、afterの画像をネットにあげていたからだ。

だが、現在世界中で医療の症例は法律で広告規制を推奨していることもあり、web上で見ることはできない。

そのような状況でも、トランスジェンダーは最大の治療をどこで行うのかを選択しなければならない。とりわけSRS(性別適合手術)はMtFトランスジェンダーにとって最大の難関で、最先端で日本よりも安いとされるタイの病院で手術をする人が多い。

しかし、コロナ禍ということもあって現在は国内の手術を選択する人も増えている。 では、実際に現在日本国内のSRSはどこまで進んでいるのだろうか?今回は山梨大学医学部付属病院の百澤明医師に話を聞いた。

(取材日:2023年7月28日、聞き手:NAO)

(乙女塾編集部、以下略)ーー国内のSRS事情について教えてください。私たちの生徒さんは、コロナ禍では国内の手術を選ぶ人たちが少なからず増えている印象があります。

(百澤明先生、以下略)私たちは毎年年度末に手術件数の実数報告をGID学会へ上げる義務があります。実際に、コロナ禍になった時は、手術の要望を多くいただくようになりました。最大で手術の予約が2年待ちになりました。

ーー国内のSRSについて気になるのが、タイと比べて金額面と技術面です。まずは金額面はどうなのでしょうか?

金額面に関しては厚生労働省によって点数が決められています。入院費手術費を含めた総額で約15,000点ですから150万円ほどになります。これは自費治療になりますので、保険適用はできません。

保険適用については私たちも頭を抱えた問題です。別で語りましょう。

(編集部注:こちらの記事をご参照ください)

タイはそもそも日本に比べると医療費の物価がとても安い国です。SRSで有名なクリニックは円安もあって200万円、300万円となっていますが、それは国内の人たちからすると日本円で数百万円以上の感覚なのではないかと思います。

ーー実際、ほとんど外国人やブルジョア専門クリニックになっていますよね。タイの人たちはもっと格安のクリニックへ行くのが通常のようです。

(ヤンヒー病院、撮影:まいまい@乙女塾)

私たちもタイの病院へ視察に行ったことがあります。ヤンヒー病院やガモン病院です。どこも院内はピカピカで最新の機材が揃っていました。

ーーガモン病院は最近さらにリニューアルされたそうです。では、肝心な面ですが技術面はどうなのでしょうか?一時はタイの技術は世界一と言われてきましたが、最近は「アテンドはそういうけれどそれは宣伝の面もあって日本も成長しているんじゃないか?」という正直な意見を聞くこともあります。

私たちはタイで手術して、その後のトラブルで来る患者さんを見ています。その中にはよくこんなに精巧に作れるなと感じるものも多くあります。

一方で、これならば私たちの方が綺麗に作れるなというものもあります。大事なことは性器というのはもともととても千差万別です。そして、医師のセンスもあるのですが、各個人によってかなり出来が左右されるということです。

ーー個人の素養ということになると思いますが、何が大事になるでしょうか?

まずは術式です。基本的に造膣なしにした方が外観はよくなります。何故ならば本来なら膣の内側のライニングに使う部分を小陰唇や大陰唇などのディテ-ルの形成に回せるからです。

ーー実際、造膣を希望しないケースというのはどのぐらいいるのでしょうか?

かつてはほとんどいませんでした。今は1割を超えています。

ーー話を戻します。そうしますと、S字結腸やPPVの方が見た目は良くなる傾向なのでしょうか。

そうなります。といっても、ただペニスが大きければいいとかそういうわけではありません。実際、ホルモン治療によって性器が萎縮している、陰嚢の皮膚が少ない方は気にされますが、そういうサイズの大小だけではないのです。

例えば、膣の位置というのは尿道と肛門の間と決まっていますね。しかし、肛門から性器まで(会陰といいます)の長さというのは人によって思った以上に違うのです。

(画像点線部が会陰)

そうなると反転法の時に性器を膣にするために“移動する”距離が人によって違います。多く移動する場合はそこでパーツを多く使ってしまうのです。外性器形成も千差万別で置くが深いということですね。

ーー実際、MtFトランスジェンダーが気にするのは外観のほかに膣の深さ、感度があります。膣の深さはどうでしょうか?

私は皮弁法(いわゆる陰嚢反転法)でやっておりますが、陰嚢の皮膚は10cm×4cmとほぼ決めています。深いのがいいと皆さんおっしゃるのですが、深ければいいというものでもありません。

また、深さをキープするためドッグイヤーと呼ばれる小陰唇部になる皮膚を奥に移植する病院があるのですが、その場合にそこだけしっかり生着して他が壊死して癒着してしまったというトラブルを見たことがあります。

そのケースは、膿や垢が奥にたまって後ろの方へ伸展してしまい、後腹膜膿瘍という大変危険な状態となってしまっていました。

そこで私は他の皮膚を足して深さを足すことはしないようにしています。また、S字結腸にせよ、皮弁法にせよ狭窄はあります。

ーー国内ではどの術式が行われているのでしょうか?

日本の医療機関では皮弁法(陰嚢皮膚反転法)を採用しているところが多いと思います。PPVやS字結腸は、岡山大学など一部の医療機関のみが取り扱っています。。日本で、S字結腸法があまり行われていないのは、消化管外科の協力を得る必要があることと、コスト面の問題と思います。

ーーS字結腸のメリットやデメリットはどんなことでしょうか?

私は何年か前にSRSの選択肢を増やそうと「S字結腸をやろう」と思っていたのですが、最近はやらなくてもいいかなと感じるようになりました。例えば、膣脱のトラブルがあります。

くしゃみをしたとかふとしたタイミングで脱腸ならぬ膣が飛び出してしまうんですね。

(MtFトランスジェンダーの多くの方が言うように)腸由来特有のニオイがあるとか腸液が出るとかもあります。

ーーそれは大変ですね…。最後に3つ目のポイント、感度についてもお聞かせください。センシティブな話題ゆえなかなか聞くことができないのですが、興味を持っている方が多い印象です。

感度については誰も研究していないので、論文があるとかエビデンスがあるとかはないのですが、セックスライフを楽しんでいる患者さんは感度があって(性的絶頂へ)いくことができるという方もいらっしゃいます。

手術的には鍵穴状に性器からとって陰核(クリトリス)を作るわけですが、そこに神経が集中して文字通り陰核(クリトリス)として働いているのだろうと考えています。

膣に関しては結局Gスポットと同じです。前立腺の部分にあたれば感じるのではないかと推測されています。

ーー確かに誰も研究しませんし、できませんよね。誰かやってくれないものでしょうか(笑)。センシティブな話題に応えてくださりありがとうございます。それでは、本題に戻ります。日本と海外で手術を検討した時に日本でするメリットは何でしょうか?

一番はサポート体制だと思います。実際に海外で手術したが帰国後トラブルになった時に見てくれる病院がなくて、たらい回しにされることがあります。

特に尿道に関するトラブルで、外尿道口がふさがって尿がでないというものがあります。これは、尿がたまってしまい水腎症になってしまいますから一刻を争います。それなのに、うちではわからないから見てくれないということがあります。

でも、国内で手術をしていれば、緊急の事態の場合はわれわれが地元の医療機関に説明をして、診療をお願いします。大抵、それで治療してもらえます。

私たちとしては、海外で手術していてもとりあえず見てくれよ、と思うのですが。

ーー現在、コロナ禍になり手術の要望が多くあがったということですが、「国内SRSは待ち時間が長くその間待てない」という意見も生徒さんからいただいたことがあります。2023年7月現在はいかがでしょうか?

現在は、コロナ禍が落ち着いたこともあり3か月待ちと比較的早く手術をすることができます。

しかし、私たちはそれでも現状は異常だと感じています。山梨大学へ福岡の人が治療にやってくるわけです。本来ならば、東北地方には東北の拠点病院があって、九州地方には九州の拠点病院があるべきです。

ーーそうなれば理想だと思いますが、各拠点ができるほど医師がいるのでしょうか?

いないです。手術では行うべきことが決まっていますが、各医師のアレンジといいますか医者のセンスが必要な場面があります。今後、独立して手術を行えるような弟子たちを育てていくことが私の責務ですね。

ーーそうなるとより良い出来の先生、より歴の長い先生を選びたくなります。現在の日本のSRSの技術はどう発展してきたのでしょうか?

SRSは国内ではブルーボーイ事件以降タブーとされてきましたが復活させたのは、埼玉医大総合医療センターの原科孝雄先生です。私は、原科先生の退職後に埼玉医大総合医療センター赴任しましたので、直接の指導は受けられませんでした。運よく、その当時の資料を頂いて勉強するとともに、岡山大学の難波祐三郎先生に師事しました。

現在の系譜はその難波祐三郎先生経由だと思います。そこから私のチームができ、私のチームから独立して…と派生していっています。

2020年に杏林大学、行徳総合病院でSRSが始まりましたが、杏林大学は私の同門で、行徳総合病院は岡山大学で勉強した櫻井先生が中心となっています。

ーー大学病院以外の病院はそうなると別なのでしょうか。グレーな部分もありますが、かつての和田先生や、日本では個人院でいくつかのクリニックでSRSが実施されています。

和田先生は、完全に独自でしょう。ナグモクリニックの山口先生は、原科先生の時代に埼玉医科大学総合医療センターでの勤務経験がありますが、独自だと聞いています。

ーーありがとうございます。これまで未知で情報が少なかった国内SRSについてだいぶ患者さんにその実情を伝えられるのではないかと思いました。そして、先生のような医師がSRSに関わってくださったことに感謝しかありません。

実は、私がSRSに関わるようになったのはやりたい研究テーマは全部先輩に取られていて、それで何かないかなと考えている時にSRSを見つけたからなんです。

昔、新聞の取材を受けた時にその話をしたら「何か美談とかないんですね、先生は正直者ですね」と言われてしまいました(笑)。

ーーそんな偶然が!何か患者さんでどうしてもという苦難を重ねたトランスジェンダーとの美談とかあるのかと思いました。私たちにしてみれば、その時の先輩たちに感謝したいですね(笑)。

話を聞いた人

医師

百澤明

山梨大学医学部附属病院形成外科教授、甲府昭和形成外科クリニック非常勤医師

山梨大学医学部附属病院形成外科教授、甲府昭和形成外科クリニック非常勤医師。大学病院では、形成外科全般、再建外科、性同一性障害の外科治療などをおもに担当しています。特に、性同一性障害の外科治療については、本邦に20名程度しかいないGID学会の認定医であり、関東一円の性同一性障害の外科治療を一手に担っております。

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