8月29日、日本GI学会は、性別不合に関する診断と治療のガイドライン第5版を発表しました。
変更点のまとめはこちらの記事をご参照ください。
ここでは自由が丘にある「ちあきクリニック」の松永千秋先生に要点となる3つのポイントを説明してもらいました。
性同一性障害から性別不合へ
ーー(乙女塾編集部、以下略)今回ノンバイナリーへの言及がまず大きなことだったと考えています。
千秋先生(以下略) 性別不合に関する診断と治療のガイドライン第4版までは性同一性障害は米国精神医学会「精神障害の診断と統計の手引きDiagnostic and Statistical Manual of Mental Disorders (DSM)」4版までの「性同一性障害」の概念が前提だったのですが、DSM-5から名称が「性別違和」になりノンバイナリーを含むようになりました。
今回の性別不合に関する診断と治療のガイドライン第5版では、日本でもノンバイナリーが想定されるようになりました。
――性別不合と性同一性障害は何が違うのでしょうか?
「性別不合」とは割り振られた性とその人が実感する性別が合わないということです。性同一性障害は「出生時に割り当てられた性別とは異なる性の自己認識を持つ」ということでしたが、例えば、“男性で生まれて女性の自己認識を持つ“人でなくても“男性の性別は自分の実感合わない”ということであれば「性別不合」になります。
――よくトランスジェンダーの範囲はどこまでなのかという中で各機関によって異なった定義づけがされているように思えます。性別不合にならないケースとはどのようなケースでしょうか?
ガイドラインは、WHOのICD-11「性別不合」に準拠しています。実感する性別と割り当てられた性が一致しないのが「性別不合」ですので、服装の好みや性志向に関わらず、割り当てられた性と実感する性別が一致するかどうかが「性別不合」か否かを判断するポイントということになります。
ユース層への二次性徴抑制治療に対する注意喚起
――次にガイドライン第4版ではユース年代への言及がありましたが、今回の第5版ではさらに子供たちへの治療に対する注意喚起がなされています。
アメリカや英国では、子供たちへの第二次性徴抑制剤を投与する治療にかなり突き進んでいました。それは、二次性徴抑制治療は無害で単に思春期の成長を遅らせるだけ、やめれば二次性徴が再開するので問題ないという認識が前提だったのです。
――その前提が変わったのはトランスヘイト本ではないかとも言われた『トランスジェンダーになりたい少女たち SNS・学校・医療が煽る流行の悲劇』などが原因なのでしょうか?
それが原因というよりも、英国で二次性徴抑制治療を受けた当事者が後悔して裁判を起こしたことです。病院側が敗訴して、それを受けて外部の小児科を中心としたチームが、二次性徴抑制治療に効果があるのかというエビデンスを調べたんです。その結果、あくまで研究段階の治療という位置づけになりました。
――二次性徴抑制治療は日本での取り扱いはどうなっているのでしょうか?
日本では、海外のように性急に進めていたわけではありませんが、海外の動向に留意しながら一層慎重にやっていきましょう、ということになります。
――二次性徴抑制治療の問題点とはなんなのでしょうか?
「デメリットがないということ」が実証されていないことです。二次性徴を遅らせることが本人に良い結果をもたらすというエビデンスもないと指摘されています。もちろん、だからといって二次性徴抑制治療が完全に否定されるというものでもないのです。慎重なやり方をしていきましょう、ということです。
――かつて岡山大学の先生のインタビューではFtMの患者さんに10代が多く上の年代が少ない、MtFの年齢層はバラバラであるという指摘がありました。若年層から二次性徴抑制剤を打つとなるとFtMが中心の話なのでしょうか?
必ずしも、若年層のMtFが少ないというわけではなくて、MtFの人の場合、社会の偏見が大きい傾向があり、なかなか治療に踏み切れない事情がありました。悩みに悩んで大人になって治療を開始することがあります。
FtMの場合は乳房の増大や、生理に対する嫌悪感があるため、若年層から診療を希望する方が多いのですが、最近は40代、50代でも胸をとりたいと希望して受診する方もいます。一方で、10歳前後で診療に訪れるMtFも増えています。二次性徴抑制治療を希望したり、周囲の偏見が少なくなって親や先生に自分の気持ちを伝えやすくなっているという背景があるのだと思います。
ガイドライン準拠した治療の推進について
――最後に診断書の取得について伺います。新しいガイドラインでは診断する医師についてより明確に記載されているように感じました。
ガイドラインは、患者さんに安全で有効な診療を行っていくという目的を持っています。
そこで、診断に際してはご本人の話をよく耳を傾け、これまでの経過を丁寧に検討する必要があります。
性別不合の診断ができるのは原則として精神科専門医に限定されることになりました。
――乙女塾のメンバーの中にもガイドライン外で診断書を取得して手術や治療を行った人もいます。それは時代かもしれませんが…。
治療は患者さんと医師が合意のもとで、それぞれの医師の判断に基づいて行われるものですから、必ずしもガイドライン外の治療を全面的に禁止するわけではないです。
そういった自由度がないと少し窮屈になりますよね。
――一方で、GI学会の認定医の資格を持つ精神科医は都道府県の数よりも少なく、人気の病院はとても混雑しています。乙女塾の生徒さんからは千秋先生、針間先生などが人気で一時的に初診がとりにくい時期がありました。
ガイドライン第5版でも「地方のニーズにこたえられるように」という一文が入っています。これは、われわれ認定医が普及に向けて頑張っていこうという意気込みも込められています。
――ありがとうございます。これからも診療、治療頑張ってください。よろしくお願いいたします。

話を聞いた人
医師
松永千秋
ちあきクリニック院長
医学博士・精神保健指定医・精神科専門医日本GI(性別不合)学会認定医。自身が性別の問題で悩んだことから精神科医に。2012年開業のクリニックでは積極的に性同一性障害/性別不合の治療にも取り組んでいる。日本GI(性別不合)学会理事。