なぜ「カミングアウト」は大切で、「アウティング」が絶対だめなのか 〜信頼できるあなたにだけ知らせておきたいこと〜

  • みなみ
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    乙女塾

セクシャルマイノリティの世界において、「カミングアウト」ということばはとても有名です。

「カミングアウト」とは、自分の性自認、性的指向、身体的性別など(SOGIESC)を、信頼できる他人に伝えること。

そして「カミングアウト」には勇気と困難が伴います。受け取った相手が好意的に受け入れてくれるか、その後の関係性が崩れてしまわないか、それは打ち明けてみないと分かりません。 そんな後には引けない不安に揺れ動く中で、それでも勇気をふり絞っておこなうのが「カミングアウト」なのです。

「カミングアウトの日」はなぜ炎上したのか

そのような非常にデリケードな情報をオープンにする「カミングアウト」が認知される中で、「カミングアウトの日」のSNS投稿が炎上することがありました。 これもひとえに「カミングアウトの日」がセクシャルマイノリティの歴史をくむ「国際デー」であることを踏まえていなかったのが一因です。

深刻な社会課題に向き合うテーマの中で、その文脈やコンセプトを踏まえず、エンタメに寄ったネタ投稿をしてしまいました。

これは当事者にとって、マイノリティの死活問題である「カミングアウト」をテーマに扱う日でありながら、話題だからと安易に乗っかる形で「宣伝」として不用意に利用したように映ってしまったのです。

トランスジェンダーの過程でのジレンマ

トランスジェンダーの当事者にとって、性自認に合わせた装いや振る舞いを始める初期段階では、不慣れなこともあり、どうしても埋没しきれず目立ってしまうことがあります。 そのためカミングアウトする前に相手に気づかれてしまい、本人の意思に関係なくオープンにせざるを得ない状態に追い込まれてしまうことがあります。

そこから年数や経験が積み重なることにより、そのうち埋没するようになっていきます。 この段階になると、初対面出会う人には「自認している性の人」として、ごく自然に受け入れられていくようになります。しかし、なじみやすくなればなるほど、「どのタイミングで、どの人にカミングアウトするか」を悩むことになるというジレンマが待っています。

そんなとき、自分のセクシャリティを知っている人から、「実はこの人、男性なんだよ」というように、第三者から秘密を暴露されることを「アウティング」といいます。この行為は、プライバシーをはじめとした「本人が秘密にしていること」を無断で言いふらすことそのものであり、LGBTQ+の世界で「もっともしてはならないこと」とされています。

プライバシーとしての「デリケートな情報」

そもそも人は、セクシャルマイノリティかどうかを問わず「他人には知られたくないこと」を何かしら抱えているものです。 たとえば「借金がある」「家族関係が悪い」「病歴がある」「犯罪被害者である」などの知られたくない情報を、無断で言いふらされてしまうことが、好ましくないことは想像に難くありません。  これらはプライバシーとして守られるべき情報であるはずです。 

当事者本人の了承もなく、本人との関係性も構築できていない他者に対して、第三者がセクシャリティを暴露することは何としても避けなければなりません。先日も、在職トランスをしている方のセクシャリティに関する情報を、上司によって「説明するのが面倒だろうから、伝えておいたよ」と暴露されてしまった事件がニュースになりました。 上司の方にとっては「トラブルが起きる前に、事前に知らせた方がよいのではないか」という思いがあったのかもしれません。 しかし結果的には、当事者のタイミングで進められるべきステップを、強引に進める形となってしまうことで、信頼関係が根底から崩れてしまうような事態につながってしまったのです。

仕事でもプライベートでも、社会生活には「信頼関係」が土台にあります。 「秘密にして欲しいことを、秘密にしておいてもらえる」からこそ、相手の信頼関係が守られているともいえます。 ましてや職場では信頼関係とは別に、情報を職務上で接する場面があります。 「職務上の情報をどのように扱うのか」が十分に共有できない状況では、アウティングのリスクが高いといえます。

アウティングの違法性を示した「一橋大学アウティング事件」

アウティングは往々にして、相手の反応を予想するのが難しく、アウティングされた本人がそのグループや職場に居づらくなることも多々あります。その代表的な事件が「一橋大学アウティング事件」です。

この事件は2015年、同級生に恋心をもっていたゲイの学生が、友達に「告白」というかたちでカミングアウトをします。その同級生は秘密を守りきれず、他の学生7人に対してグループラインでアウティングしてしまったのです。

ゲイであることが友達たちに意図しない形で知られてしまった本人は、精神的に深い傷を負ったことで心身にも大きな変調が起こり、学校の校舎で自らの命を絶ってしまうという最悪の結果につながったのです。

この犠牲になった学生の遺族が、アウティングをした生徒と一橋大学を相手取り裁判を起こし、勝訴したという経緯がありました。

職場における「職務上知り得た方法」のアウティング

この「LGBTQ+界隈でもっとも悲しい事件のひとつ」ともいわれている「一橋大学アウティング事件」ですが、ここまで明確ではないにせよ、先ほどの「ちょっとこっちで言っといたよ」的なアウティングは、私も実体験があります。 本人に罪悪感がない一方で私は深く傷ついてしまった経験はたびたび起こっています。

7月24日にも、20代の同性愛者の男性が、2019年に都内の保険代理店に入社した際、緊急連絡先を登録するため、必要のある正社員に限って伝えることなどを条件に「同居する同性のパートナーがいること」を会社側に伝えました。それをおよそ1か月後に上司がパート従業員1人に対して、男性の同意がないまま性的指向を周囲の人に暴露する「アウティング」をしていたことが判明。このことをきっかけに、男性はその後精神疾患を発症し、2年後に退職を余儀なくされました。

双方の理解や信頼につながる場が求められる

就職するときなどでも、「どの範囲のセクシャリティを開示して、どこからは自分の選択権で開示するか」または「基本的に開示してほしくない」という取り決めをきちんと主張するかなどの確認は、双方にとって安心につながる形でのやり取りが必要に感じます。

プライベートにおいても、セクシャリティをすでに知ってい友達たちに対しても、「カミングアウトは自分でするから、人には言わないでね」などの意思表示は大切です。 「私にとってデリケートな情報だから、扱いには気をつけてほしい」ということを、はっきり伝えることができれば、相手にとっても「扱い方」を理解してもらいやすくなります。

もうひとつ大切なことがあります。 「カミングアウト」をするかどうかは本人の自由意志だということです。 カミングアウトした方はあくまで、本人にとってそれが好ましいと判断したからであって、しない人への評価に影響を与えるものではありません。

「マイノリティかどうか」を問わず守られるべきこと

今はマイノリティへの理解や環境の整備が進む過渡期の真っ只中です。 LGBTQ+という用語が広がる一方で、新しい用語も生まれてきています。 たとえば「SOGIESC(ソジエスク)」という枠組みは、今までの「マイノリティだけ」をまとめていたものを「マジョリティを含めたマイノリティ」として枠組みの範囲を広げたのです。

「カミングアウト」「アウティング」は、LGBTQ+を学ぶときにもっとも重要な項目です。

できることなら、学校や職場での信頼関係を作るために大切なことだと、もっと知ってほしい。 そしてこれは「セクマイに限った問題じゃない」をいうことを理解してほしい。

なぜならこの問題は、マイノリティの当事者でない方であっても「大事にしてほしい自分の情報が、他者にぞんざいに扱われ、言いふらされてしまう」リスクが日常的に潜んでいることを、今まで見落としていたということでもあるから。

価値観の多様化した社会では、「相手をどう尊重するか」は相手の中に答えがあります。 親しい仲であったり、距離が近い立場であればあるほど、よりこの視点が大切になってきます。

だから生徒さん同士で遊びに行くときも、うっかりアウティングしないようにしましょうね。

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