タイでSRS後に死亡したとされるケースの真相を聞きました

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昨年12月、タイの病院をアテンドする会社の配信にて「SRS後に日本人の患者が死亡した。持病があり、そういった場合は正しく報告をしてから手術を申し込むこと」といった旨のニュースが駆け巡り、多くの当事者間に衝撃が走りました。

そして亡くなられたこちらの日本人の方は、乙女塾の生徒さんでもありました。10代から順調にトランスを進め、美しく芯の強い生徒さんでした。ご家族やパートナーの方にも恵まれて、まさにこれから新しい人生が始まるといった時の出来事でした。

乙女塾では一連の発信や情報を受け、運営部にて(ニュースを配信したアテンド会社とは別の)タイのアテンド会社や日本の医師に連絡を行い、今回の件の情報を詳細に調べました。またご遺族とも直接面談を行い、話を伺って参りました。内容を伺ううちに「ネットなどに流れている情報と真相は異なる」ということが分かりました。また、ご遺族は手術によるリスクや海外における医療機関等との意思疎通について正しい情報とその発信を求めていらっしゃることも分かりました。

そこで今回の記事では「これからタイへ渡航する方への注意喚起」の意味も込めて、その経緯をまとめます。

SRS(性別適合手術)までの経緯

今回の患者であったAさん(仮名)は10代のうちから女性ホルモンによる治療を開始。東京・自由が丘のクリニックを中心にその治療を受けていました。ホルモン治療を数年進めたあと2022年11月にタイへ渡り、アテンド会社の協力のもと、スポーン病院でSRS(性別適合手術)を受けました。

スポーン病院は、ガモン病院やミラダ病院と並びSRSの大家の1つです。そしてその精巧な技術やこだわりに定評があります。Aさんは11月23日に手術を受けた後、成功しております。つまりSRS時に亡くなったわけではありません。

ただ、術後1週間ほどで精神状態に不調をきたし、アテンド会社の勧めもあって女性ホルモンの注射を受けました。それが12月1日になります。そしてその後12月3日に、足の裏に激痛を感じることをアテンド会社へ報告されています。(術後1週間でホルモン治療を受けることはOKな病院とNGな病院があります。スポーンクリニックはメンタルの不調の場合はOKを頂ける場合が多いと、乙女塾の取材により判明しています。)

その後、豊胸手術を受けることに

SRS手術から回復後、かねてから望んでいたという豊胸手術を受けることを決意します。日本へ帰る日程を延長し、ヤンヒー病院にて豊胸手術を行うことにしました。シリコンバッグによる施術になります。手術は12月16日に行われ、翌日無事退院。ガモン病院に隣接するK Gardenというホテル(兼療養施設)にて17日より入院をしていました。しかし、当日深夜に体調が急激に悪化したそうです。お母様との連絡でも「(術後で)激痛がある」といった旨の連絡をしています。

事態の発覚は翌日(18日)でした。前日の夜に、部屋の扉の前に置かれたご飯が食べられていない、ということに気が付いたスタッフが部屋の扉を強引に開けたところ、意識が無い状態で倒れていたとのことです。

LINEには「痛い」という文字が打たれていましたが、送信ボタンは押されず、そのまま残されていたといいいます。

救急病院に搬送されましたが、残念ながら回復はせずお亡くなりになりました。

(当時Aさんが愛用されていたポーチ)

日本での情報発信について

以上の状況から、日本では「SRS後に患者が亡くなった」「ガモン病院?スポーン病院?」といった憶測も含めた情報が、SNSを中心に衝撃的に流れました。実際には、SRSはスポーン病院、豊胸はヤンヒー病院、ホテルはガモン病院ということになります。

なぜ情報が錯綜したかといいますと、日本でタイのアテンドから流れている情報というのは大きく分けて2つの系統から判断されていたという部分が大きいからです。

①ガモン病院による集会

今回の件を受けてガモン病院側がアテンドに注意喚起と規則の変更を行う集会を行いました。
・ガモン病院で手術をしていない患者をホテルでは受け入れないこと
・持病などがある場合はきちんと確認をすること
・Dダイマーの数値を術前に確認する

既にタイSRSガイドセンターは、この件を受けて「SRSを受ける患者さんに持病の報告等の徹底」「緊急の際には携帯電話ではなくナースコールのようにボタン1つで呼べるような設備の導入」を行いました。

しかし、乙女塾側がアテンド会社さんにヒヤリングをしたところ、アテンド会社は患者さんが「どのような理由で亡くなったか」「その原因」などについは全く知らされておらず、ガモン病院側の発表を受けて今回の対策となっています。

また、同発表を聞いたソフィアバンコクは他に取材を受けておりますが、やはり同じように同病院の発表を受けてのもので真相が明らかにされたものではありませんでした。

②アテンドした会社による発表

当患者をスポーン病院、ヤンヒー病院へアテンドした会社による発表です。同会社の発表は冒頭でも述べておりますように「持病で亡くなったこと」が記されているのみで、やはり詳細が書かれていません。

亡くなった理由

それでは、亡くなった理由は何だったのでしょうか?

法医学者による検視結果報告書によると「肺塞栓」が死因であると伝えられています。また、足にも血栓があることを確認しています。それでは、なぜ持病と伝えられたのでしょうか?

それは患者さんが2018-2019年にかけてDダイマーの数位が異常を示しており治療をした記録があったためです。

Dダイマーは静脈血栓塞栓症(VTE)を診断する際の補助として使われる凝固マーカーです。女性ホルモンなど薬をとることで肝臓の負担があがり血栓のリスクが増えます。そのため、ジェンダークリニックでは定期的に血液検査を行うのです。

しかし、手術が行われているということは、2022年の術前の血液検査ではタイ・日本共に数値は問題なかったのではないかと推測されます。(2020~2022に年3~4回行っている血液検査結果は全て基準値以下だったそうです)

血栓のリスクを知ってほしい

血栓は大きな手術や、胸に近い豊胸手術では代表的なリスクの1つとして知られています。

そのため、女性ホルモンをはじめ血液がさらさらになる薬についてはほとんどの病院で、期間や種類の違いはあれど服用が禁止となります。
(代表的な薬:女性ホルモン、男性型脱毛症を抑える薬などホルモンに関わる薬、トラネキサム酸、ユベラなど。医師により多少の違いはあります。)

血栓が起きてしまった場合、足などであれば痛み痺れという症状で現れます。しかし、肺や脳、心臓に到達してしまえば命を落とす危険性があります。

今回のケースでは「手術によるリスク」について、より注意喚起をなされたいというのがご遺族の方達の希望の1つです。トランスジェンダーの多くは女性化をしたいという希望の裏に、男性化を進めたくないという、ある種の恐怖があるかと思います。私たちも手術を受ける際に、ホルモン剤の服用停止や、投薬禁止などの話はよく耳にします。しかし、どこか少し軽く受け取っている感覚や、そもそも接種してはいけない理由を知らなかったり、または隠れて摂取しても大丈夫だろうな、と感じたことがあると思います。

ですが、血栓というのは命を奪いかねないものです。投薬禁止にはきちんと理由があることを知っていただきたいです。

さらに、海外という土地では細かい言葉のニュアンスまで聞き取れません。現地の医師や看護婦など医療機関とのやり取りを現地語で頻繁に行うため、どうしてもアテンド会社に頼りがちとなります。しかし、アテンド会社は通訳業がメインであり、医療に関する指導やアドバイスは行えません。(経験を伝えたり、サポートをしてくれるアテンドもありますが全部ではありません)。手術した際の自分の症状や細かい体調の変化は、自己の責任で医師に伝え、その指導内容を直接通訳してもらうことがメインになります。  

手術した際の自分の症状や細かい体調の変化は、自己の責任で医師に伝え、その指導内容を直接通訳してもらうしかないのです。タイのSRS技術力は間違いなく高いものですが、手術時のリスク説明や意思疎通が密に行える日本と大きく異なる、という声もご遺族からは挙がっています。

乙女塾からのお願い

アテンド業者並びに、医療機関の皆さまへ乙女塾からのお願いとしては、患者さんへ手術によるリスクをより詳しく説明して欲しいということです。

血栓のリスクや、医療の情報を関係者よりもよく知る博士のような当事者も多いのですが、一方で自分たちが常識だと思っていることを100%患者さんが知っているわけではありません。そのため、正確に伝えていただきたいのです。

SRSはゴールではないし、一番大きな手術でもない

最後にトランスジェンダーの方へ伝えたいことは、SRSは女性になるゴールでもないし、一番大きな手術というわけでもないということです。

大きな目標としてSRSがあるのは間違いありません。しかし、FFS(顔の女性化手術)や豊胸手術などはSRSよりもリスクや、お金、ダウンタイムが多いものも複数存在します。SRSが無事に終わったからといっても豊胸手術も同じように大変なリスクのある内容です。実際に、乙女塾メンバーやその周囲の人間にも医療で明らかな失敗は経験をしています。

必ずしもSRSはゴールではありません。自分の人生の中の1エピソード、1イベントであり、大きなスタートにしなければなりません。また、SRSをしない、国内で手術行う、という選択肢もあるかと思います。

映画『ミッドナイトスワン』でも主人公がSRS後に体調不良に陥り亡くなりました。その描写を見てまさか現実にはこのようなことはないだろうと感じた人が多かったように思えます。しかし、現実に悲しい事例が出てしまいました。

例えば、ガモン病院は年々SRSのための健康の基準は上がっています。そこには、私たちが知らないだけでSRSの条件を上げざるを得ない何かしらのトラブルがあったとも考えられます。SRSが悲しいエピソードと共に語られる時代ではなく、幸せをつかむための1エピソードとなることが当たり前の時代になって欲しいです。

 

ご遺族からのメッセージ

「我が子は、19歳で素敵なパートナーさんと出逢い、2人の夢を叶えるため、単身タイで手術を受けました。トランスジェンダーの悩みを抱え、人知れず苦しみながらも、自分の夢を見つけ、歩き出そうとした矢先の悲劇でした。この悲しみは、いつまでも癒えることはないと思います。でも、これから同じように歩いて行こうとしている人たちには、同じ悲劇を味わって欲しくないのです。国内外問わず、手術のときは、とてつもない不安との闘いだと思います。だからこそ、親身になって寄り添う人が側にいて、日本に居る時と同様、充分なコミュニケーションがとれ、より安心の医療サポートが得られる環境(タイに限らず)が整うよう心より祈っています」

(Aさんとパートナーさんが一緒に育てていたブルーローズ)

ご遺族はAさんの死を無駄にせず、後継の多くの人たちの未来のために今回の情報を共有していくことを望んでいらっしゃいます。この記事をご覧になった方も、宜しければ記事の拡散にご協力頂けますと幸いです。

 

 

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