2024年4月、わたしは改名をしました。戸籍上の名前を変えることは、トランスする過程で大きな節目となります。しかし、実際にやってみると、想像以上に大きな意味があることに驚きます。それをどう捉えるのかは個人差が大きいので、参考になるかは分かりませんが、私の経験を聞いてもらいたいと思うのです。
名が嫌い・自分が嫌い(改名の動機)
子供の頃からフルネームで名乗ったり署名したりするのが嫌で嫌でたまりませんでした。名が嫌いなのです。元の名には「男」という字が入っていたので当然のことです。でも、LGBTQ+という言葉のなかった時代ですから、何故嫌なのかすら分からないのです。自己肯定感などあるはずがなく、ますます自分が嫌いになっていくという悪循環でした。
家族に電話をかけるときも、名ではなく名字を名乗るという異常なことをやっていました。西原さんが家族に電話するときに「西原です」と名乗るわけがない。書類を書くとき、自署が必要な場合以外はゴム印で名前を入れていました。
時代が変わり、性別違和を自覚することができるようになりました。すぐにでも改名したいと思いましたが、条件が厳しいのです。少なくとも性別違和が確信的であること、キャリア形成の妨げにならないことが条件です。改名はSRSと同じで元に戻すことができません。裁判所で「二度目の改名は極めて困難である」と確認をとられます。後戻りはしないと覚悟を決めない限りできないのです。
私には公立学校の教員という身分があり、それなりの実績を積んできています。そしてもう先がない年齢になってきているので、機が熟したと判断したわけです。
改名のスケジュール
3月末に雇用形態が変わり、今年度の仕事があるという保証がなくなることから、昨年度末を目標と定めていました。在職中に改名をするということの意味と逃げ切ることの両立を目指したのです。
昨年12月、家庭裁判所に相談に行き、必要な書類や切手・印紙の確認をしました。年明け早々にも申し立てをしようと考えました。しかし、申立書がなかなか書けないのです。長年苦しんできた性別違和を簡潔に説明するのは難しいのです。さらに、「裁判所の考え方に沿うように」という条件が付きますので時間がかかるのです。結局、申し立てをしたのは2月26日でした。2週間ほどして、4月2日に予備審問(面接)をするとの通知がありました。この面接は全国一律に課されるものではなく、書類だけで手続きが進む裁判所もあります。
そして、いよいよ面接です。裁判官ではなく専門の委員が担当します。申立書に書いたこと以上に突っ込まれることはありませんでしたし、優しく接してくれたので負担は感じませんでした。ひとつ気になったのは、診断書がガイドラインに沿った学会認定医のもであるということを確認したことです。ガイドラインに沿っていないからといって申し立てが許可されたかったという話は聞いたことがないのですが、裁判所はガイドラインを気にかけているような雰囲気を感じました。
裁判所は、「新しい名前で社会生活が成り立つか」という視点で判断するようです。ですから、「職場で女性装をしている」「改名の実行を上司から内諾を受けている」ということは強力な武器になります。
面接については、経験者からのアドバイスに「必ず女性装」とありましたので、ドレスでバッチリ決めてフルメイク、ヒール付きのパンプスを履き、髪には大ぶりのリボン。ネックレス、イヤリングなどもフル装備で行きました。 そして2日後、裁判所から通知が来ました。「改名を許可する」4月3日付けで、あっけなく改名が実現しました。
提出した書類
①申立書
②戸籍謄本(全部事項証明)戸籍抄本はNG
③収入印紙800円
④性別不合の診断書
⑤切手千数百円分(金額は裁判所によって異なる)
⑥通称名使用の実績を証明するもの。
⑥については、郵便物、ホテルの領収書、通販の伝票、宅配便の伝票、放送大学の入学許可証などを例出。最も古いものと直近のものを対にして提出するように指示されました。最も古い書類は4年前のものでした。
申立書の「申立の理由」欄の選択肢は1.奇妙な名である 2.むずかしくて正確に読まれない 3.同姓同名者がいて不便である 4.異性とまぎらわしい 5.外国人とまぎらわしい 6.僧侶になった(やめた) 7.通称として永年使用した 8.その他です。性別不合は選択肢にありませんのでその他に○をします。そして通称として永年使用したにも○をします。戸籍法は性別不合による改名を想定していないため、こうなるのです。あくまでも裁判所の権限において例外的に許可されていると思わざるを得ません。それだけ厳しい手続きだということです。
改名後の方が大変
まずは市役所に審決書を提出し、戸籍の改名をします。10日ほどすると住民票のデータが変わります(本籍地と住民票の住所が異なる場合)。
新しい住民票をとって、あらゆるものの手続きが始まります。運転免許、マイナンバーカード、健康保険、年金、介護保険、銀行口座、クレジットカードなどは最優先です。
職場への申告と銀行口座の改名のタイミングがずれると、給与の振り込みができないという深刻なことが起こります。実際、そうなってしまって大変な苦労をされた方がいます。
そのほか、生命保険、損害保険、各種会員証、web予約やポイントのサイト、放送大学の学生証などきりがないのです。改名から7か月経ちますが、処理が終わったのは三十数件、残っているものの方が多いような気がします。
予想外の連続
氏名の変更というと、改姓(名字を変える)を意味することが多いのです。結婚、離婚、養子縁組などで数が多いのですが、それに比べて改名はレアなのです。ですから手続きが面倒です。例えばクレジットカードの場合、改姓はwebで手続きができます。証明書はいりません。ところが、改名の場合は書面での手続きで公的証明書が必要です。また、手続きの用紙を手に入れるのが大変なのです。クレジット会社は電話対応を少なくするためにWEB手続きを推奨していますが、web上に改名のメニューはありません。でも。電話はなかなか繋がらないのです。また、カードの名義を換える前に銀行口座の名義変更が終わっていることが条件になります。会社によってはカード番号が変わるので自動振替等の設定を変更する必要があります。
車検証の書き換えに陸運支局にいったところ。、窓口の職員は改名の手続きを取り扱ったことがないようで、バックヤードに調べに行きました。そして、新旧両方の名前が書いてある住民票を見て「同一人物ですか」と意味不明の質問をしてきました。
さらに不愉快なのは、「改名の理由」を記入させる役所や企業があることです。「性別不合により改名」など書くのは嫌だし、そんなことを聞いてくること自体がおかしいのだけれど、現実には対処しなくてはならないのです。そこで良い方法があります。「戸籍法107条の2に基づき、家庭裁判所から改名の許可を得た」。役所は法律に弱いので条文は切り札になります。企業が抵抗した場合は「監督官庁に問い合わせる」言えばよいと教えてくれた人がいます。
当然のことなのですが、改名の手続きをするためには旧名を書く必要があります。これは猛烈に不愉快です。でも、それに耐えなければ前には進めない。ちょっと考えれば分かりそうなことですが、事前には気がついていませんでした。
改名の持つ意味
予想以上に大きな開放感がありました。空が少し高くなったような気がします。社会生活上名前を使うことは多いので、ストレスを感じる回数が減るのは当然です。これまで、いかに抑圧されてきたのかがよく分かるのです。
職場でも改名の事実を公表しました。管理職だけに知らせて。通常は通称名として旧名を使うことも可能なのですが、開放感がそれを許さなかったのです。すでに、職場でも女性装をしていて事実上カムアウト済みということもあり、波風が立つということはありませんでした。当然、教育委員会の本庁にも知れていますので、トランスジェンダーの教員がいるということが公になったことになります。私が勤務している県は非常に保守的です。長年勤めていますが、トランスを公表した教員というのは聞いたことはありません。昨年の秋には、「県内初の栄誉に預かれるかもしれないけど、それはあまりに恐ろしく、できるわけがない」と思っていたのですが、いざ改名が許可されると、それを吹き飛ばすような大きな力が働いたようです。今まで抑圧されていたものが爆発したように思うのです。これが、さらにトランスを深めていく原動力になるような気がします。
情報源は女子トーククラス
私の改名は多くの仲間に支えられて進みました。なかでも女子トーククラスの参加者から教えてもらったことが役に立ったのです。
もちろん、トークのレッスンで改名の話などはありません。ただ、最後の30分はフリートークなのであらゆる情報が飛び交います。ファッション、コスメ、ヘアメイク、アクセサリー、グルメ、スイーツなど何でもあり。そのひとつとして改名の話も出てくるのです。
経験者が何人もいるので、裁判所での戦略や改名後の手続きなど、丁寧に教えてもらうことができたのです。「戸籍法107条の2」についても、ここで教えてもらったのです。とにかく、仲間がいることは有り難いことです。
結び
改名する動機は人それぞれ違います。通称名の使用で満足している人も多いです。ですから、不可逆性が強い戸籍上の改名は慎重であるべきです。そして、決断できたら、戦略を考える必要があります。ただでさえ面倒な手続きなので。やり方を間違うとさらに負担が増してしまいます。経験者の情報を活用するのが良い方法です。