SNSでの議論はもう成り立たないのか?トイレや風呂問題で考えたこと

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トランスジェンダー女性が女子トイレや女性用のお風呂に入ることについて大きな議論が続いています。LGBT法案もからみ、かれこれ1か月以上この話題は語られ続けているのではないでしょうか?

当事者外のフェミニストやトランスヘイターという人達が「心が女性という男性器の付いた外見が男性の人が女性用のトイレやお風呂に入ることは恐怖を感じる」という不安を口にし、それに対する賛否が相次ぐ中で、当事者から反対意見だけでなく、意外にもそうした意見に賛同する声もあり社会問題になっています。

埋没している友人からも“当事者とは距離を置いたSNSアカウント”でもタイムラインに「トランスジェンダー女性のトイレ問題が流れてきている」「自らも万が一何か指摘されるかも」と考えてしまうことがある、という不安の声も聞かれました。

個人的に思うことは、SNSで戦う当事者に対して尊敬の念を示すとともに、そこで相手に理解してもらうことの困難さを強く感じています。

自分に都合の良い情報しか流れてこないSNSのパーソナライズ問題

現在のSNSやwebサイトの多くは個々にパーソナライズ化されていて、自分の興味がある人たちの情報が流れるようになっています。

興味のある情報がAIによってえらばれることで、情報をとりやすく短い時間で多くの情報を得ることができます。

ところが、そのことは良いことばかりではありません。自分たちと似た属性の人々しか交流が起きない。自分にとって都合の良い考えしか流れてこないという問題があります。

もっと言えば、記事の引用などでは引用された記事まで読まない方がほとんどです。いかに短く、鮮烈な言葉で迅速にメッセージを届けるかという時代なのです。

実は、こうした一連の流れを問題視する声もあります。私自身、過去にとある試験でこの問いを出されたことがあります。

後に復習として『三田評論』を読んでいたら、「カウンターパンチ」として返信やRTという形で反対意見を述べられることがあり、それによって(偏向した世界に対する)均衡が成り立つという論調を目にしたことがあります。

ただ、私としてはSNSの難しさとして、そこでまっとうな議論に至るケースは少ないと考えています。その理由としては4つ考えられます。

1.お互いが欲しいのは自分の意見に対する共感と同意であり、議論や言いくるめられることを望んでいない。
2.文字数が少ない中で議論が揚げ足取りになりがち
3.ブロックやミュート、垢消しなど我慢せずに“強制終了”が容易に可能
4.そもそも論として元となる資料の読み込みをしている人が極めて少なくフォロワーが多いから正しい情報を流しているわけではない

それぞれ見て行きましょう。

1.SNSでお互いが欲しいのは自分の意見に対する共感や同意

SNSは隙間時間に見るもので、投稿は写真にしても文章にしても自分の周りの小さな世界に対する共感と同意が欲しいために起こる承認欲求のようなものだと考えています。

それは議論というよりかは自分が考えた「論理」への同調だと考えています。

つまり、議論や言いくるめられることを望んでいないし、隙間時間に見るものにストレスを感じる要素を入れたくはないですよね。一部の人たちは議論をしたがりますが、相容れないのは当然のことです。

2.文字数が少ない中で議論が揚げ足取りになりがち

例えば、twitterでは140文字(BLUEでは別)以内に文章をおさめる必要があり、その中で相手にわかりやすく意見を伝えるのは容易ではないです。

私自身、誤解を与えたり、自分が意図しない間違った解釈をされることは経験しています。

その中で反論として一番簡単なのは相手の文章の大意をくみ取るのではなく、重箱の隅をほじくることです。

3.ブロックやミュート、垢消しなど我慢せずに“強制終了”が容易に可能

次に、自分の意見と合わない人はブロックやミュートなど自分の世界から消す機能の存在があります。

どうしても理解できない人たちと縁を切ることは仕方がないと思いますが、反対意見と接する機会を失うことにもなります。

もしかしたら、どこかで違う話をしていたら仲良くなれるかもしれないし、酒の席で話したら質の良い議論ができるかもしれない人をきってしまうんじゃないかと思っています。

後は単純に相手から拒絶されることはショックですよね(笑)。

4.そもそも論として元となる資料の読み込みをしている人が極めて少ない

これは、専門である美容の世界でも強く感じるのですが、SNSに限らずwebで得られる情報が極めてレベルが低くなっていることを毎年のように感じています。

いかにバズを生むかの攻略法は多数流れていて、そこに受けの良い写真と合わせれば、情報の真贋を除いて一定数以上のフォロワーを獲得することができます。ビジネスとしてSNSが活用されて以降、一般人にもそのノウハウは伝わってきていて、今やwebやSNSで質の良い情報を手にするには、こちらも知識がないと難しい状況になっています。

そして、フォロワーが多いから正しい情報を流しているわけではないのもまた問題です。

今回のトイレや風呂問題でも、法律では一切トイレや風呂という言葉は登場しないのですが、気が付けばトイレや風呂論争になってしまいました。そして、当事者やフォロワーが多い人たちがそうした元の法律や問題を精査しないままに、好き勝手な意見を言うので輪にかけて混乱してしまったと言えるでしょうか。

まとめ

このように現在のSNSではお互いの意見が二分したときに相互理解や、考えを変えてお互いを尊重することがとても難しくなっているように感じます。

だからこそ私は、乙女塾のwebを通じて取材をして、記事を配信しています。多様な記事や当事者の声を伝え続けることで、少しでもいろんな意見があることを知ってもらえればというささやかな抵抗です。

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