東京都にある渋谷区立松濤美術館で開かれていた「装いの力 ― 異性装の日本史」が9月3日から10月30日までの会期を終え無事終了しました。
同展示会は「男性が女性の衣服を着たり、逆に女性が男性の衣服を着る「異性装」に着目。女性の衣服を身にまとい熊襲兄弟を討ったヤマトタケル、日本では古来から異性装のこれまでとこれからを多様な作品で。現代のドラァグ・クイーンも」とインターネットミュージアムで記載されている通り、「女装・男装」つまり異性装をテーマにしたものです。
朝日新聞DEGITAL版(2022年9月25日)の記事によれば、「若者に刺さる」「口コミできた」と爆発的な人気を得て多数の入場者が来訪されたと言います。会期の土日祝日と会期最終週は完全予約制という盛況ぶりでした。
YouTubeでも見学レポートが多数上がっており、少し見ることができます。
乙女塾パートナーやその仲間たちも見に行きましたが、「ためになる」と感心しきりでした。今回は松濤美術館で同展示を企画した西美弥子さんにメールインタビューをさせていただきました。
(インタビュアー:NAO)
(乙女塾編集部、以下略)異性装というものは日本史である程度でてくる一方でやはりタブー視されてきた部分があると思います。今回美術館という立場で異性装に取り組む、性の問題に取り組むというのはどのような意義を感じてらしたのでしょうか?
(西、以下略) 主に美術作品や資料を通してとなりますが、異性装の歴史の一端を通覧することで、異性装の「これまで」を知っていただき、それによって「これから」という未来について考えていただくきっかけ・一助となれば、との思いから企画をいたしました。
ーー渋谷区はLGBTの問題を含めてジェンダーへの取り組みが進んでいる印象があります。渋谷区立ということは何か関係があるのでしょうか?
渋谷区は多様性を尊重し、それを力に変えていくことを目指しています。渋谷区立の美術館として、こうしたテーマの展覧会の実施をしたいとの気持ちはありました。(もちろん、理由の一部です)
ーー多くの人たちが来館したと度々ニュースになりました。特に若い年代に刺さったという記事を拝見しましたが、何故若い年代だったのでしょうか?
想定以上のお客様にお越しいただき、驚いています。装いとそれに関する既存の性規範やジェンダー観に対する疑問をもったり、関心を寄せている方が、若い年齢層の方を中心に増えているのではないかと思いました。
ーー展示は一部入れ替わりもありながらかなりの点数・時代にわたっていたと思います。特に見ていただきたかったところ、評判・口コミが良かったものがあればおしえてください。
古い時代の作品ですと、女性所用の甲冑である《朱漆塗色々威腹巻》(彦根城博物館蔵)はとても珍しく、貴重なため、じっくりご覧になっている方が多かったです。
《朱漆塗色々威腹巻》 江戸時代 彦根市指定文化財 彦根城博物館【前期展示】画像提供:彦根城博物館/DNPartcom
また室町時代に成立した《新蔵人物語絵巻》(サントリー美術館蔵)※1も、話の面白さもあり興味を持ってくださった方が多かったように思います。
(※1 編集部注:ひょんなことから帝に見初められるも、最終的にその寵愛を失い、出家する少女の物語絵巻)
《新蔵人物語絵巻》(部分)室町時代(16世紀)サントリー美術館(前後期で場面替えあり)
近代以降ですと、性社会文化史研究者の三橋順子先生がご出品くださったアマチュア女装の情報誌は、いずれも、ご覧になった方の印象に残ったようで、SNSなどでさまざまな方が言及されていました。
『演劇評論』1955年以降 三橋順子蔵
『演劇評論』(23・24合併号口絵) 三橋順子蔵
ーー私たちの間ではドラァグクイーンのパネルと写真が撮れるなども話題になりました。
日本におけるドラァグカルチャーの黎明期から現在まで活動を続けているDIAMONDS ARE FOREVERのドラァグクイーンの皆さんによる、本展のためのインスタレーションは、2階展示室の中の特別陳列室の空間を使ったもので、その迫力と時にクスッと笑える面白い趣向が凝らされていました。また、ご来館の記念にシモーヌ深雪さん、ブブ・ド・ラ・マドレーヌさん、D・K・ウラヂさんのパネルと写真撮影をして頂けるフォトスポットを設けましたが、ここにも驚きの仕掛けが施されており(※2)、楽しみながらご覧になっている方が多かったと思います。
(※2 編集部注:フラッシュをたくと・・・)
「神々の黄昏 記念撮影」等身パネル 左から、シモーヌ深雪、ブブ・ド・ラ・マドレーヌ、D・K・ウラヂ 2022年 DIAMONDS ARE FOREVER
ーー美術館でありながら会期中に多数のゲストがきたり、ワークショップや講演会があったりと「見るだけで終わらない」工夫があったと思います。こうした動きは最近の美術館では当たり前なのでしょうか?
美術館にもよりますが、展覧会の関連イベントの実施は、通常よく企画・開催されることだと思います。当館もこれまでも、展覧会に合わせたイベント(講演会・ワークショップ・音楽会など)を実施してきました。
本展では、様々な事情で展示が叶わなかった写真なども含めて三橋先生が講演会をしてくださったり、DIAMONDS ARE FOREVERのドラァグクイーンのシモーヌ深雪さん、ブブ・ド・ラ・マドレーヌさん、三橋順子先生にトークをしていただき、展示だけではご紹介できなかったお話もしていただく機会を設けました。
また、何か、お客さま参加型の企画も行いたいと考え、女装メイク講座も行いましたが、とても人気のイベントとなりました。
ーーありがとうございました。また、ぜひ第二回目が開かれることを楽しみにしています。
編集後記
トランスジェンダーやLGBTQ+と異性装については近くて遠いと感じる人も多いでしょうが、同展示は爆発的な人気を得ました。
日本ではヤマトタケルの時代からとりかへばや物語、歌舞伎の女形、陰間(かげま)等日本史の中で「異性装」は度々出てくる頻出ワードでもあります。しかし日本が西洋文化を取り入れる中で長く「異性装」はアンダーグランドな存在、冷ややかな視線を集めるものになっていた印象があります。
「歴史」というのは人々の生活が作りあげてきたものです。自分たちの身近なことを通して歴史を学ぶ。そんな機会を得たような気持ちでした。
男性か女性か—私たちの心の奥底に横たわる二元論です。しかし歴史を振り返れば、人々はこの性の境界を、身にまとう衣服によって越える試みをしばしば行ってきました。日本には、ヤマトタケルをはじめとした異性装をしたエピソードの伝わる神話・歴史上の人物たちが存在するほか、異性装の人物が登場する物語や、能・歌舞伎といった異性装の風俗・ 嗜好を反映した芸能も古くから数多くあります。西洋文化・思想の大きな影響下にあった近代日本社会では、一時期、異性装者を罰則の対象とする条例ができるなど変化がおとずれますが、それでも現代まで異性装が消えることはありませんでした。近年では、人間に固定の性別はなく、従って「男性/女性」という二者択一の規定を取り払い、多様な性のあり方について理解し、認め合うという動きがでてきたものの、実際には性別における二項対立の構図はいまだに様々な場面で目にするものでしょう。我々はいかにして性別を越えてゆけるのか。その可能性を鮮やかに示してきた「異性装」の「力」について考察します。
最後に渋谷区立松濤美術館が開幕にあたり公式サイトに記載した一文をもって閉めたいと思います。
なお、同美術館は「ビーズファッション」をテーマにした「ビーズ ―つなぐ かざる みせる」が1月15日(日)まで開催中です。こちらも要チェックですよ!