高井ゆと里さん編の「トランスジェンダーと性別変更 これまでとこれから」(岩波書店)が発売となりました。
この本は、「性同一性障害者の性別の取扱いの特例に関する法律」(以下特措法)のこれまでと、これからについて書かれた本です。
性同一性障害者の性別の取扱いの特例に関する法律」(特措法)と違憲判断
特措法は、2003年に議員立法として成立しました。とりわけ議論となりましたのが第三条です。
(性別の取扱いの変更の審判)
第三条 家庭裁判所は、性同一性障害者であって次の各号のいずれにも該当するものについて、その者の請求により、性別の取扱いの変更の審判をすることができる。
一 十八歳以上であること。
二 現に婚姻をしていないこと。
三 現に未成年の子がいないこと。
四 生殖腺がないこと又は生殖腺の機能を永続的に欠く状態にあること。
五 その身体について他の性別に係る身体の性器に係る部分に近似する外観を備えていること。
https://elaws.e-gov.go.jp/document?lawid=415AC0100000111より
自分の意思とは別に「生殖腺を欠く状態を強制的される」のは優生保護法違反(現在の母体保護法)28条「生殖を不能にすることを目的」とする手術を禁じているに違反しているのではないか?という意見が出ました。
そのため、トランスジェンダーの一部から性別適合手術をなしに性別変更を認めて欲しいと各地で裁判が起きていたのです。
2023年10月25日、最高裁大法廷で一部の要件(手術要件)にたいして違憲判断が下りました。すでにその違憲判断に前後して、FtMトランスジェンダーは性別適合手術をうけないでも、戸籍の変更が可能となっています。FtMトランスジェンダーが何故性別適合手術をなくても性別変更が認められたのかについては下記の記事をご覧下さい。
一方で、MtFトランスジェンダーについては「5号の外観要件」が高裁へ差し戻しになったため、まだ実現していません。
性同一性障害から性不合へ
性同一性障害者と言う名前もICD-11の改定で、精神疾患から性の健康に関する状態群へ移動し脱病理化したことから性別不合と変更になる予定です。2024年には、違憲判決があった手術要件も含めてて、大幅な法改正があると思われます。
その事を踏まえ今後トランスジェンダーを巡る法律は過去どの様な経緯で作られ、これからどの様になっていくのか。それを4人の識者によるテキストを集めたものがこの本です。
4人の識者は以下のような方々です
– 野宮亜紀さん:当事者として、特措法がつくられた経緯や、その後の誤算について、性別を書き換える必要性について
– 立石裕夏さん:弁護士として特措法が抱える諸問題について
– 谷井洋幸さん:法学者として国際人権規準の観点から特措法のあるべき姿と日本の義務について
– 中塚幹也さん:トランスジェンダー専門の医師として、法的な性別変更にあたって医師ができることなどについて
いずれもトランスジェンダーの諸問題については第一線の方々が、それぞれの想いを述べて頂いています。
4人の識者の見解
それぞれの考えは少しずつ違うものの、向いてる方向は一致しているというのが編者の高井ゆと里さんのご意見です。わたしも全く同じ想いを持ちました。章別にその要点をまとめて書き出すことはできないですし、誤読を招いてしまうかと思います。そのため、わたしの琴線にふれたことをすこし述べてみたいと思います
第1章:野宮さんの章で、一番印象の残ったのは、「法律は小さくはじめて大きく育てる」という考え方です。ただでさえ通らない議員立法を、小さな針の穴に糸をとおすように議論をすすめて、最終的には参議院のドンといわれる青木幹事長が賛意をしめしたことで、家父長制を重んじる自民党議員も納得し、全会一致できまったというのは、奇跡とも言える出来事だったそうです。その為に野宮さんや、世田谷区議でトランスジェンダーの上川あやさんなどの、ロビー活動があっての実現であり、その上にトランスジェンダーの性別移行の希望があるのだということはみんな忘れてはいけないだろうと思います。
第2章:弁護士の立石さんの指摘事項は多岐にわたっていたのですが、その中でも第二条に、「心理的に別の性別」という記述があり、法律がバイナリー(男女2元論)で作られているのがわかります。それではノンバイナリーやXジェンダーのひとはどうするのでしょう?ICD-11でもこの部分は変更になってるので、興味深いです。
第3章:谷井さんの文章では、ヨーロッパ各国でも当初、手術要件があり、それが改正され、ヨーロッパ全体の人権規定となり、それが、国際人権規準になったという経緯が説明されているところが印象的でした。国際人権規準に法的拘束力はないし、各国の事情に合わせてよい部分もあるとしても、批准してできるだけそれに合わせることになってることからも、今回の違憲裁判と今後の法改正は必死だと思います。
第4章:中塚さんの文章では、医師として診断、治療をしているかをまず整理されています。その上で、今後トランスジェンダーの親が生まれたときの法整備と医療ができることなど、一般には知られてないような部分まで踏み込んで文章が書かれていました。そして早くホルモン治療が保険適用になり、性別適合手術も混合診療にならないように、という節は頷かずにはいられませんでした。
まとめ
文章を読んだ感じでは、法改正に向けて外堀はすべて埋められた印象です。あとは自民党保守が納得する条件、例えば診断基準を厳しくするなどの駆け引きが、静かに内閣法制局等で行われているのでしょう。一説には、高裁の判決を待たずに法案を閣議決定してしまうとの噂もあるのですが、それが良いことなのか……揉めて廃案になるよりいいのか。悩ましいところです。
法律の内容によっては、陰茎付きの女性が誕生してしまうことになります。その事に一部の女性や、右派の男性、そして性別適合手術を終えた当事者からも反論の声が挙がっています。ただ、事の発端は法律が手術を理由はともあれ強制することは人権違反だという事です。その事を理解して周辺法で、環境を整備していくのが現実的なのかなと思いました。