「時代が許さなかった」数十年前のメディアでのトランスジェンダー事情を振り返る

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    乙女塾

乙女塾の生徒にはボリューム層が二つあります。1つは10代後半から20代前半、そしてもう1つは40歳以上です。そして私もそのカテゴリーに属しています。

この時代のトランスジェンダーの多くがいう言葉の1つに「当時は時代が許さなかった」というものがあります。

今はLGBT、自分らしく、SDG’s、ジェンダーフリー、ジェンダーレスなどといった言葉が当たり前になったことで、男と女という性別二元論から抜け出す動きが活発にみられます。

では、40代以上が過ごしてきたのはどんな時代だったのか。そのトラウマとも原体験とも言うべき歴史をある意味での教訓として振り返りたいと思います。

テレビ番組で「ニューハーフ」「ミスターレディ」が流行

1980年代後半ぐらいから1990年代半ばぐらいまででしょうか、テレビで「ニューハーフ」「ミスターレディ」という言葉が盛んに取り上げられるようになりました。

私が見ていたのは主に「天才たけしの元気が出るテレビ」と「上岡龍太郎の〇〇人ミスターレディ集めました」などでした。

(YouTubeに上岡龍太郎 ニューハーフとかで検索すると当時のテレビ番組がたくさん見られます。ここであえて貼ることはしませんが、それで時代の雰囲気を感じてもらえればと思います)

テレビ番組表を見てそうした「ワード」が出るとドキドキしながらこっそりと視聴をしていたのですが、上岡龍太郎さんの番組には若き日のはるな愛さんが出ていて、声も姿も余りに美しすぎて驚いた記憶があります。

ただし、当時の「ニューハーフ」はそうした可愛いで売りになるというよりは、「お笑い要員」、「恋愛に長けて男と女の気持ちがわかる」、「しゃべりがうまい」、「男好きで誰彼構わずアタック」「けばい化粧と派手ないでたち」というようなイメージを感じさせるものでした。

こうした間違った印象を植え付けられたのはニューハーフだけではありませんでした。例えば、元気が出るテレビには若き日の山本太郎氏やX JAPAN(当時X)なども出演していました。未だに山本太郎氏はその時のことをネタにされますし、Xは「ヘビメタ」=うるさい音楽、迷惑といったイメージにもつながったと思います。実際、ヘヴィメタラーの多くは今でも「ヘビメタ」と略されるのを嫌いますし、ヘヴィメタルはうるさいだけではない美しい旋律もある音楽だということを力説します。

メディアの与える影響というのは計り知れないものです。トランスジェンダーだって個人差があります。大人しい人も元気な人もいて、化粧をしない人も男が好きでない人たちもいます。ところが、子供にはそれはわかりません。

当時の40代以上はそうしたテレビ番組に映る像が「トランスジェンダーの規範である」と感じてしまい、覚悟を決めたものがいる一方で自分は「トランスジェンダーではない」または「こうはなれない」「自分はいったい何者なのか?」といった疑念を覚えたものも少なくありません。“思い”を胸に抑え込んで青春を過ごしてきた人は自分だけではないと感じます。

1990年代半ばころ以降、トランスジェンダーものはドキュメンタリー的ないわゆる社会派のもの、親と再開するようなヒューマンドラマものも増えていきますが、そんなこんなで当時の子供たちには間違ったトランスジェンダー像が「ニューハーフ」「ミスターレディ」を通じて形成されてしまったというのが1つあります。

上戸彩さんが金八先生でLGBT役を演じて話題になったのは2001年ですからまだまだ先のことなんですね。

五感で感じた当時の化粧品

もちろん、テレビやマスコミだけではありません。例えばファッションの違いも大きなものでした。今でこそファッションや髪型などの男女差が減ってきております。男女問わずオーバーサイズのトップスにワイドパンツ、ハイテクスニーカーという恰好が主流ですしね。

しかし、当時は男の規範は運動部に入り坊主か短髪、角刈りというようなものがもっと強くありました。運動部での髪型の強制は今でも野球部で残っていたりはしますが、木村拓哉などが後に長髪ブームを巻き起こす前にはもっと社会としてそういう違いの差が大きかったように思えます。

1990年代半ばは夫婦共働きが当たり前になる転換期と呼ばれています。1999年に男女参画社会基本法が施行され国を挙げての政策になりますが、それにより男女感もまた移ろいで行きます。子育てや家事が男女問わず取り組む問題に変わっていったからです。

また、高いピンヒールにはっきりした化粧、肩パッド入りのスーツ、すだれのような髪型などはバブル時代に流行ったアイテムでもあります。そうでなくても女性の化粧品はもっと濃かったし、何より外資系は匂いがもっと強烈でした。女のムスクと言えば聞こえは良いのかもしれませんが、子供には化粧のにおいというのは強烈に女を意識すると同時に少しきつい匂いでした。とはいえ「五感」で男との違いを感じる瞬間でもありました。

インターネットもない

もちろん、インターネットがないのでホルモン治療などの情報もありません。当時手にすることができるのは一部の週刊誌がたまーーに特集する「ニューハーフ事情」だったり「女装サロンにいっちゃいました」という興味本位から来る記事だけでした。

自分が何者かわかったとしても「どうしたらいいのか」という選択肢がわからないんです。

1990年代後半から2000年代初頭にかけてインターネットが普及したことでホームページブームが起きました。当時インターネットにつないだ当事者は真っ先にそうした先駆者が作ったホームページへアクセスしたことでしょう。

そして、そこで初めてGIDの情報を得ることになるわけです。それでも、例えば女性の服が欲しいからといってもインターネット通販もないし、大衆的なドラッグストアもまだまだ黎明期だったから化粧品もなかなか買えない時代でした。

救いだった「漫画」「アニメ」の世界

救いだったのは当時すでに「漫画」や「アニメ」ではTSFや女装男子が出てくるジャンルのアイテムが一般少年誌に連載があったことです。

「らんま1/2(高橋留美子作)」「ふたば君チェンジ♡(あろひろし作)」「ストップ!!ひばりくん!(江口寿史作)」などはその代表作と言えるでしょう。

https://gyao.yahoo.co.jp/store/title/048095
(GYAOでストップ!!ひばりくん!は一話が見られます)

現実にはあり得ないことなのですが、「水をかぶれば女になる」という設定にはウキウキさせる何かがありましたし、「♂ティンクル2♀アイドル☆スター(遠山光作)」のように少年でもアイドルになれることは夢のある話でした。

今ではリアリティのあるトランスジェンダー像を描く秀逸な作品も多くありますが、フィクションはフィクションとして現実にはあり得ないこともまた楽しく感じられたのでした。

当時こうした漫画を収集していたのは私だけではないはずです。男の娘ブームが起きる2010年付近までこうしたTSF的な作品はアンダーグラウンドなもので、作品全体がそのテーマになっていなくても「該当作」として1話そうした要素があるだけでもドキドキしながら見ていたものです。

若い人たちに、「だから年寄りを許せよ」というわけではないのですが、歳を重ねて今になってトランスする人たちが生きた時代を知ってほしいという思いもあり美容院にいけず白髪交じりの中一筆書いてみました。

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