トランスに紐づく因子を考える

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ネット界隈ではトランス同士の価値観の相違による意見が多くあります。

「恋愛対象が女性で女性ホルモンをやるのはどうなのか?」

「結婚しているのにトランスするのはおかしくないか」

といった話です。

これに対して乙女塾が賛否を出すことはありませんが、生徒からも入塾の頃にいろんな意見を聞きます。

例えば、「私は結婚しているが女性になってもよいのでしょうか。」「ネットではこう言われているが、自分はトランスしたい。」「自分がわからない」といった話です。

ここで難しいのが「男性から女性(女性から男性)に変わった、変わる人」を世間的にはトランスジェンダーと呼ぶのであれば、その中にはいろんな「因子」を持った人がいるということです。

今日はそれについてあくまで個人的な見解を述べようかとここに記します。(意見は私にぶつけてもらえれば)

例えば、私にはゲイ上がりの友人がいます。彼女はゲイであったが、ゲイの男性同士でしか恋愛ができないのが嫌でノンケの男性からモテたいがためにトランスをしました。つまり、性別違和というよりは「モテ」が原動力となっています。それで違和感を覚えないのもすごいのですが、そういう人ほど行動力が早くトランスするから面白いです。

似て非なるカテゴリである「女装」も同じです。恋愛対象が女性で奥さんもいたが女装してみたら世界が変わってしまった、という友人もいます。気が付けば彼氏ができ奥さんと別れホルモンを始め、エスカレートしてしまった人たちです。それも私には正しい道かわかりかねるのですが、本人が良ければそれでよいのかも、と思います。

このようにトランスする人たちの中にも「ゲイ」「女装」「AG」「GID」「ニューハーフ」「フェチ」「コスプレ」「育毛」など驚くほどきっかけやカテゴリに違いがあります。

やはりそれぞれのカテゴリに住む人々は微妙にキャラクターが違います。当然、価値観やよりどころが違っていますから、お互いに合わないところはあるでしょう。

私が子供の頃に感じていたトランスジェンダー像というのは、自分史のテンプレートのようなものでした。赤いランドセルに憧れて、女の人とは付き合えず、男性性に嫌悪感を覚える、ひげが生えて絶望し…というやつですね。

テレビには、歌舞伎町などのショーパブで働くニューハーフしかでていませんでした。濃い化粧と頭の回転が速くトークとダンスや笑いに長ける。そうした固定観念がありました。私自身、小学校中学年ぐらいにはトランスを意識していたものの、上岡龍太郎さんだの元気が出るテレビだので映るニューハーフ像とそこにあてはまらない、なじむとは思えない自分に葛藤というか疑問がありました。なのでわき道にそれてそれて今ゆるくやっているわけですが。

今のトランスジェンダーで自分史ののテンプレ回答のような人生を過ごしてきた人たちがどれだけいるのでしょうか。実はSRSまで及んだ友人たちでも女性と付き合った経験があったり、AGであったりと「GIDの王道」とは違うケースを多くみます。むしろ、王道な人間のほうが内向きになってしまってトランスがかえって進まないケースを見てきました。

もう1つの「因子」年齢もあります。例えば、50代でそうした固定観念から自分はニューハーフでもなくなんなのかわからず結婚して子供を作り男性性を演じてきたという人々もいます。人生が半分を過ぎ、残りの人生をかけてトランスすることを決意してうちにやってくる、という人たちをたくさん見てきました。ようやく今の時代になって自分が何者なのかわかったというわけです。

今、20代のトランスジェンダーは恋愛対象が女性です、という人が普通にいます。しかし、かつてはそんなことは口が裂けても言えませんでした。それは「女装」の世界でも同じで、ほんの15年、10年ぐらい前までは女性のナリをする人たちは男性が恋愛対象である、というのが基本でした。それを崩したのは「男の娘」ブームや「LGBT」が広まったからかもしれませんね。

このようにトランスといっても個人個人で何もかもが違います。「〇〇じゃないとMTFでない」とか「あの人はGIDじゃない」とか定義づけを頑張る方が良くいるのですが、男性、女性、日本人、A型、沖縄出身とかのくくりだって一人一人違うわけじゃないですか。近いところで戦っていても結局世間は一括りに「トランス」と見ますからその時に胸を張っていられるほうが大事なんじゃないかなぁと思います。そんな自信のある自分を取り戻すためのお手伝いを私はしていきたい、と考えています。

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